生命保険

 子育ても概ね最終段階に入り、掛け捨ての生命保険をきっぱりと辞めることにした。中断はあったものの、生命保険とは長い付き合いであった。

 

 最近は企業のセキュリティ管理が厳しくなり、外部の人間が出入りするすることが難しくなったが、昔は会社の従業員食堂に生命保険会社のおばちゃん(セールスレディ)が自由に出入りして、営業活動をしていた。私が入社したばかりの頃、会社の従業員食堂にかなりベテランの保険のおばちゃんがよく営業に来ていて、社会人として生命保険に入る必要性を何度も聞かせられた。反論すると、「舘さん、社会人にもなって保険に何も入っていないなんて、とんでもないことですよ。」などとお叱りの言葉をいただいた。

 

 最近自分の会社に、新興宗教の勧誘のおばさんが勧誘のチラシをもってやってきた。ふと気づいたのだが、新興宗教の勧誘おばさんと保険会社のベテランおばちゃんの人相はとても似ているような気がする。顔自体は似ていないが、雰囲気がとてもよく似ている。(個人的な見解であるが、個人がいかなる宗教を信じようと基本的には構わないが、それを他人に押し付けるのは余計なお世話だと思う)

 

 本来保険とは、予期せぬ出来事に備えてお金を出し合い、運悪く事故などに合ってしまった当事者を金銭的に助けるという、相互扶助の観点から生まれたものである。人類の叡智と言ってもいいであろう。

 世帯主が亡くなった場合の、残された家族の生活資金や、自動車事故を引き起こしてしまった場合の賠償金等を保険で賄うのがいい例である。だから保険は本来掛け捨てが基本である。

 

 しかし、生命保険はいつの間にか原則を大きく外れ、様々な特約と、貯蓄と投資をからませ、複雑になり、高額化し、保険会社に助けられるというよりは、逆に保険会社を助けているような状況になっている。

 

 最近では保険ショップでの加入が増えているようであるが、手数料収入の多い商品や系列の商品を優先的に進めることも少なくない。銀行でも保険商品の販売に力を入れているようだが、銀行が扱う保険商品は基本的に自分たちの実入りの多い商品ばかりである。

 

 必要な保険と無駄な保険について、人生の節目に考えてみることもいいのではなかろうか。保険で儲けようなどと考えない方が賢明である。